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喜び

師匠。田上氏のブログより無断転載。

ここに空の瓶がある。それにコーラを入れたら、コーラの瓶。コーラが飲める。
 その空の瓶に牛乳を入れたら、牛乳瓶。牛乳が飲める。
 
ここに空の脳がある。「喜び」を入れたら、喜びの脳。嬉しさを感じる。
  こうならないかな、と思ったわけです。

 ただ、はたっと困った。私自身には手持ちの「喜び」の在庫がない。
 在庫がないのなら、自分以外の人のを仕入れればいい。他の人の喜びを一緒に喜ぶ。これだと、世界人口-1,の数の人が1つずつ喜ぶ材料を持っているとしても凄い数になる。

 それに、山田さんが作って、木下さんという八百屋さんが売ったニンジンを、私が食べて胃に入れたとして、山田製造、木下販売、とレッテルがついているわけじゃない。
 中に入れば、これまでの主語が抜け、だれの喜びでも、私の脳に入れば私の喜びとして感じることができる。自分の喜び自体が少なくても、他の人の喜びを一緒に喜んであげることで、自分の脳のが喜び、として取り込まれる。原材料高騰の折、これはほぼ只(タダ)ですぞ。

 ここで、話は、元に戻します。
 これが、商い、経営の根本ではないか、商人の仕事ではないか、とそう私は思ったのです。
 そうおもった瞬間、私は商人を、うらやましくなったことを、今でも鮮明に思い出します。 その思いつきに有頂天になり、自分の会社の名刺に,繁盛製造業、とつけたことがあります。

 人を喜ばすことで、自分を喜ばせ、さらにお金が入り、相手からも感謝される。
 これが「商人」。なんとうらやましい仕事ではありませんか。

 そうした商人に倣い、あやかろうと、私は美しい商人を求めて旅をしているのです。


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